霊峰・富士の伏流水で
醸す酒を世界に発信

井出醸造店
Ide-Jozoten

 

富士五湖地域で唯一の酒蔵

 繊細にして豪快、端正かつ雄大-。霊峰・富士が太古から信仰の対象とされてきたのは、火山でありながらもその美しく秀麗な姿に、人々が畏れや神秘的な存在を感じてきたからに違いない。山梨県富士河口湖町船津の井出醸造店は富士五湖地域唯一の酒蔵として、富士山の伏流水で酒を醸している。江戸時代の1700年ごろに始めた醤油醸造が前身で、江戸末期の1850年ごろに16代井出與五右衛門が、標高850メートルの冷涼な気候と、豊富に湧き出る清冽な富士山湧水に着目し、従来の醤油醸造に加えて清酒の製造も始めた。酒銘「甲斐の開運」で知られる。

 21代目の井出與五右衛門社長は、まず仕込み水についてこう説明する。「標高1100メートル付近で汲み上げられたとてもきれいな水なので、そのまま調整せずに使用しています。富士山に降った雨や雪解け水は地中に浸み込み、約80年かけてじわじわと自然にろ過されると言われています。火山の水にしては鉄分が少なく、さまざまなミネラルがバランス良く含まれているため、お酒を造りやすい水なのです」。年間を通して12℃と冷たく清らかな水は仕込みだけでなく、米や道具、瓶の洗い、割り水などあらゆる場面でふんだんに使われている。「お酒は、洗いに始まり、洗いに終わると言われています。いろいろなものをきれいに、雑菌の影響を受けないようにするというのが基本の基です」と酒造りにおける水の重要性を説く。

 冬の厳しい寒さも酒造りには適した環境だ。富士河口湖町の平均気温は12月が2.0℃、1月が-0.6℃、2月が0.2℃と低い。空気中の雑菌の繁殖が少なく、低温発酵という点でも温度管理がしやすい利点がある。



 

「次」を見据えた取り組み

 同社は季節杜氏でなく、社員が杜氏を務めている。「杜氏が退職してもその次を任せられる人を常に育て、技術の継承をしていくことで、酒蔵に匠の技術が温存し、また、それをスタッフみんなが共有していくことが大切です。地酒は地域の味、食の味によって変わります。その土地に住む人々の嗜好に合わせて作るからです。この地に住んでいるからこそ地域の水や米を知り、仕込みに生かすことができるのです」。

 富士河口湖町は寒冷な気候や土壌の性質などから米作りが難しい地域でもある。このため同社は全国各地から酒米を仕入れているが、「地域の米を使った酒を」との想いから、平成7(1995)年ごろから地元農家に米作りを依頼。試行錯誤の末、平成15年(2003)年に富士北麓産酒米を使った酒が初めて誕生した。「蔵全体で使う米の量から見ればわずかではあるものの、生産者の顔が見える地元の米で酒を作ってみたいという想いがずっとあった」とうれしそうに語る井出社長。難しい挑戦にも、地域の酒蔵として常に「次」を見据え、地道に取り組みを続けている。

多数の受賞歴を誇る「甲斐の開運」

 同社で扱う日本酒は7種類。アイテム数は約50品目に上る。なかでも、看板商品「甲斐の開運 大吟醸」は、全国新酒鑑評会、南部杜氏自醸清酒鑑評会、東京国税局酒類鑑評会(吟醸部門)で3冠を複数回達成するなど多数の受賞歴を誇る。すっきりとした味わいと華やかな吟醸香が特徴で、どんな食事とも相性の良い酒だ。また「甲斐の開運 雪解流」は、地産地消にこだわっている。地元の米農家が大切に育て上げた県産米「ひとごこち」を100%使用。辛口で爽快な口当たりと沸き立つ吟醸香が特徴だ。ラベルは県出身の書家・故渡辺寒鴎さんが揮毫するなど故郷を愛する人たちが一丸となって作り上げた。日本酒以外にも、一般的な焼酎ではなく日本酒でつくった梅酒や、日本酒入りのアイスクリームといったユニークな商品を取りそろえている。

 2020年からは、なんとウイスキーの製造にも挑戦している。新規顧客の開拓とともに、さらに同社の日本酒を知ってもらう足掛かりにするためだ。「蒸留酒の保存性や貯蔵による味の変化に興味を持った。世界中のお酒は醸造酒と蒸留酒に大別され、それぞれが広まった地域や歴史的背景、味、性質ともに全く違う。私たちが長年にわたり育んできた醸造酒と、全く毛色の違う蒸留酒の両方をつくることができれば、いろいろな層の方にさらに幅広いご提案ができると考えています」。

 富士山は2013年に世界文化遺産に登録され、海外からの観光客が増加。同店には欧米を中心に年間1万人以上の外国人観光客が訪れるようになり、酒蔵の見学や試飲を楽しむ。海外で人気が高まっている「SAKE」が、ビールやワインとは違った複雑な工程を経て生まれる様子を公開し、その奥深さや味わいを伝えている。「私たち酒蔵の使命としては、まず質の良いお酒を造り続けることです。地域に根付いた高品質なお酒が地域の宝となり、そこに育った人々が誇らしく感じるお酒を造り続けていくことこそ社会貢献と考えます。そのために機に合わせたPRを上手に行い、日本酒とは何かを知ってもらい、お酒の味やお酒を取り巻くさまざまな面白味を知ってもらい、日本酒の製造や味わいに興味を持ってもらう必要があります。それがお蔵の本来の使命と考え、今後も大勢の方に見学、来場していただきたいと思います」。

井出醸造店
住所:山梨県南都留郡富士河口湖船津8
TEL:0555-72-0006 FAX:0555-72-3293
URL:www.kainokaiun.jp